外出自粛モデルを「不登校」に応用してみる
今回は、微分方程式を使って「学校に登校している生徒数が、時間とともにどのように変化するか」を表すモデルを考えてみます。
参考にしたのは、浜田宏・水野貴之による「外出自粛行動の微分方程式モデル」です。この論文では、新型コロナウイルス感染拡大期における外出自粛者数の変化を微分方程式で表現しています。
約8000万台の携帯電話の位置情報から算出された外出自粛率を利用し、東京都・大阪府・北海道・岩手県などのデータにモデルを当てはめています。
今回、このモデルの構造を「外出自粛」から「登校行動」へ読み替え、不登校現象を考えるための簡単な数理モデルを作ってみます。
元論文の微分方程式
元論文では、時刻 \(t\) における外出自粛者数を \(y(t)\) として、次の微分方程式を考えています。
$$\frac{dy}{dt} = ra(t)\frac{m-y}{m} -\beta y$$
各記号は、元論文では次の意味を持ちます。
\(r=\text{自粛要請に対する反応係数}\)
\(a(t)=\text{時刻 }t\text{ における自粛要請量}\)
\(m=\text{自粛者数の最大値}\)
\(\beta=\text{自然減少率}\)
論文では、外出自粛者数は要請によって増える一方、時間の経過によって一定割合で減少すると仮定しています。 式を大きく二つに分けると、
$$\underbrace{ra(t)\frac{m-y}{m}}_{\text{増加する効果}} - \underbrace{\beta y}_{\text{減少する効果}}$$
となります。つまり、
$$\text{人数の変化} = \text{増加する力} - \text{減少する力}$$
という非常にシンプルな構造です。
この式を登校生徒数のモデルに置き換える
今回のモデルでは、
$$y(t)=\text{時刻 }t\text{ に登校している生徒数}$$
とします。すると微分方程式の形はそのまま、
$$\boxed{ \frac{dy}{dt} = ra(t)\frac{m-y}{m} -\beta y }$$
とします。ただし、各パラメータの意味を学校の文脈に読み替えます。
\(m=\text{現実的に登校可能な生徒数の最大値}\)
\(a(t)=\text{登校を促す支援や施策の強さ}\)
\(r=\text{その施策に対する生徒の反応しやすさ}\)
\(\beta=\text{登校状態から離脱する割合}\)
という解釈です。
増加項の意味
まず、
$$ra(t)\frac{m-y}{m}$$
は、「登校していない生徒が、支援によって登校へ移行する効果」を表します。ここで重要なのが、
$$\frac{m-y}{m}$$
です。
元論文では、これは上限までどの程度余地が残っているかを表す「未充足率」として使われています。自粛者数が少ないほど要請の効果が大きく、上限に近づくほど効果が小さくなる構造です。
これを学校に置き換えると、現在の登校者数が少ないほど「登校へ移行する余地」が大きく、登校者数が上限 \(m\) に近づくほど、その余地は小さくなると考えます。
\(a(t)\) には、例えば個別面談、保護者との連携、別室登校、スクールカウンセラーによる支援などをまとめて抽象化して入れることができます。
登校者数を減少させる項
もう一つが、
$$-\beta y$$
です。これは、現在登校している生徒の中から、時間の経過とともに登校できなくなる生徒が一定割合で発生すると仮定した項です。したがって、
$$\beta y$$
は「登校状態から離脱する生徒の発生速度」と考えられます。ただし、ここでいう \(\beta\) は「特に理由もなく自然に不登校になる」という意味ではありません。
実際には、友人関係、学業、心理状態、家庭環境、学校環境などさまざまな要因があります。この簡単なモデルでは、それらを一つのパラメータ \(\beta\) にまとめています。
すると、
$$ra(t)\frac{m-y}{m}>\beta y$$
であれば、
$$\frac{dy}{dt}>0$$
となるため、登校生徒数は増加します。逆に、
$$ra(t)\frac{m-y}{m}<\beta y$$
なら、登校生徒数は減少します。つまりこのモデルでは、
$$\boxed{ \text{登校を促す力} > \text{登校から離脱する力} }$$
を維持できるかどうかが重要になります。
長期的な登校者数も計算できる
簡単のため、登校支援の強さが一定で、
$$a(t)=A$$
とします。すると、
$$\frac{dy}{dt} = rA\frac{m-y}{m} -\beta y$$
です。長期的に人数が変化しない平衡状態では、
$$\frac{dy}{dt}=0$$
なので、
$$rA\frac{m-y}{m} = \beta y$$
となります。これを \(y\) について解くと、
$$\boxed{ y^* = \frac{mrA}{rA+\beta m} }$$
を得ます。\(y^*\) は、このモデル上での長期的な登校者数です。
この式を見ると、登校支援 \(A\) や反応係数 \(r\) が大きくなるほど \(y^*\) は大きくなり、離脱率 \(\beta\) が大きくなるほど \(y^*\) は小さくなることが分かります。つまり不登校対策を考えるとき、
$$a(t)\text{を大きくする}$$
という「不登校になった後の支援」だけでなく、
$$\beta\text{を小さくする}$$
という「現在登校している生徒が離脱しないための予防」も重要だと解釈できます。
今後は時間変化や実データも取り入れたい
元論文では \(a(t)\) を一定とはせず、時間とともに増加・減少する関数としても考えています。また、複数回の自粛要請を表す2段階モデルに拡張し、ベイズ統計モデルによって実データへの当てはまりも評価しています。
最終的には、微分方程式モデルが状態空間モデルと同程度のデータフィットを示しつつ、行動変化のメカニズムを明示できる点が評価されています。 不登校モデルでも同様に、\(a(t)\)を時期によって変化させることが考えられます。
例えば、登校率が下がりやすい時期が存在するのであれば、その少し前から \(a(t)\) を大きくするモデルを考えることができます。
さらに実際の週次・月次の登校データがあれば、\(r,\ \beta,\ m\) をベイズ統計などを使ってデータから推定することも可能です。
まとめ
今回、外出自粛行動を表した微分方程式
$$\frac{dy}{dt} = ra(t)\frac{m-y}{m} -\beta y$$
を、学校の登校行動へ読み替えてみました。不登校モデルとしては、
$$\boxed{ \frac{dy}{dt} = \underbrace{ra(t)\frac{m-y}{m}}_{\text{登校へ移行する力}} - \underbrace{\beta y}_{\text{登校状態から離脱する力}} }$$
と解釈できます。もちろん、不登校という複雑な現象をこの式だけで説明することはできません。現段階では、現象の一部分を単純化したトイモデルです。ただし、
$$\text{登校者数の変化} = \text{登校へ戻る流れ} - \text{登校から離れる流れ}$$
と分解することで、「復帰支援」と「離脱予防」を同じ数理モデルの中で考えられる点は興味深いと思います。
今後は、実際の登校データによるパラメータ推定や、生徒ごとの個人差、友人関係などをモデルに組み込み、より現実的な不登校モデルへ発展させていきたいと考えています。
さいごまで読んでいただきありがとうございました!
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